今日は午前10時から水俣病歴史考証館へ行きました。
水俣病センター相思社の葛西伸夫さんに、資料や写真を見ながら説明をしていただき、見学しました。
チッソ工場が流したメチル水銀が水俣病の原因だと分かっても高度経済成長の真っただ中であった日本はその事実を隠し続けたこと、水俣市民の方々も病気のことを忘れようとしていたこと、裁判をして闘い続けられたみなさんのこと、悪質な妬みの言葉などひどい差別が続いたこと、それまでの悲しいことを繰り返さないよう次なる一歩を踏み出すための「もやい直し」の考え方など、水俣病の歴史を始まりから知ることができ、また、当時の実物の資料を見ることによってとても考えさせられることばかりでした。