うすい人権啓発センターあかつきで、嘉麻市手をつなぐ育成会の交流会が開催されました。
この交流会は、毎年この時期に開催されています。今年も40名以上の方が参加され、8つのグループに分かれて、鍋を囲んで、交流を深められていました。
鍋はそのグループによって、寄せ鍋、カレー鍋、キムチ鍋に分かれていて、自分のグループ以外の鍋を食べに行く人もおられ、とても和気あいあいとした雰囲気に包まれていました。
みなさん、とても楽しそうな笑顔いっぱいのひと時でした。
カテゴリー: 地域
災害ボランティアセンター設置運営訓練
午前9時から、稲築住民センターを会場に災害ボランティアセンター設置運営訓練を行いました。
今回は、嘉穂総合高校大隈城山校、嘉穂東高校、嘉穂高校の生徒の皆さん、福祉推進員、福岡県精神保健福祉士協会、飯塚青年会議所、市防災対策課、本会職員など57名の参加を得て実施しました。
初めに、本会の木山事務局長から災害ボランティアセンターの役割等について説明したのち、訓練へと移りました。今回は、地震によって遠賀川の堤防が決壊し、岩崎地区に床上、床下浸水が発生しているという想定で行いました。
ボランティア受付班、ニーズ受付班、マッチング班、資材班、炊き出し班、被災者役、ボランティア役の7つに分かれ、前半と後半で所属するグループを交代しながら、ボランティア活動希望者の受け付け、被災者からの困りごとの受け付け、活動先の決定、必要資材の受け渡し、そして、活動先から戻ってからの報告までの訓練を行いました。
訓練後は、炊き出し班が作った炊き込みご飯、味噌汁をみんなで食べ、午後からは、各グループでの振り返りを行い、その後その振り返りの内容を全体で共有しました。
みなさんからは、ボランティア役をしたが、地図が分かりにくかった。その地域の住民の方に案内役を頼むことができればもっとスムーズに被災者宅まで行くことができると思うといった意見や、マッチング班では、全体のボランティア数を把握できておらず、ニーズはたくさんあるのにボランティアの数が足りなかった。優先順位をつける必要もあるし、また他の班との連携がとても大切だと感じたといった意見もありました。
また、使用した受付用紙などの様式が書きづらい、わかりにくいなどの意見もたくさんありました。
今回の訓練でいただいた意見や課題を基に、マニュアルや様式の見直しを行い、もしもの時のための備えを進めていきたいと思います。
初めて参加された高校生の方は、災害ボランティアセンターがあること自体を知らなかった。訓練に参加して、もし災害が起きたときに自分たちにできることをこれからも考えていきたいと話してくれました。
ご協力いただいた皆様、本当にありがとうございます。
ボランティア情報~障がいを持つ子どもたちの遊び相手
嘉麻市社協が実施している障がい児日中一時支援事業では、まもなく迎える春休みに、子どもたちと一緒に遊んでいただける方を募集しています。
ご都合のよい時間帯だけの参加も可能ですので、ぜひご協力ください。
〇日時 平成28年3月19日(土)~4月5日(火) 午前8時30分~午後5時
※日曜日を除きます。またご都合のよい時間帯だけで構いません。
〇場所 嘉麻北日中一時支援事業所(嘉麻市鴨生339)
〇内容 障がいをもつ子どもたちの遊び相手、宿題の補助など
〇備考 動きやすい服装や時間帯によってはお弁当、飲み物をご準備ください
〇お問い合わせ、お申し込み先 かまボランティア・市民活動センター 電話0948‐42-0751
広報紙えがお121号発行しました
今日は、社協だよりを発行しました。
2月11日に開催した記念式典の様子や職員自主勉強会でおこなった水俣へのフィールドワークなどを掲載しています。
下記からダウンロードできますので、ぜひご覧ください。
http://kama.syakyo.com/kouhou.htm
表紙・・市民のみなさまのおかげで法人設立10周年を迎えました
p2・・・10周年記念式典第一部
p3・・・10周年記念式典第二部~生きているだけですごいんだ~居場所の力~
p4・・水俣病は終わっていない~公式確認から60年経った今も~
p5・・新しい地域支援事業を考える、嘉麻市社協のブログ、社協だよりクイズ
p6・・生活支援ボランティア養成研修、ボランティア募集情報
p7・・・今月の一冊、炭鉱の記憶、4月の総合相談
p8・・・法人運営インフォメーション、山田ふれあいハウス閉館時間のお知らせ、指定葬祭場紹介
p9・・・寄付・香典返し、会員会費のお礼、成年後見Q&A
p10・・・ふるさとへの手紙、出前講座のご案内、編集後記
福祉のまちづくり研修会
夢サイトかほで福祉のまちづくり研修会を行いました。
福岡刑務所分類審議室福祉専門官の中川典子さんと法務省福岡保護観察所飯塚駐在官事務所上席保護観察官の北川皇史さんから、「刑務所を出所した方が、地域の一員として生活していけるように…」〜深めよう司法と福祉の連携〜をテーマに講義して頂きました。
中川さんからは刑務所内の受刑者の生活や刑務所から見た地域の課題について、北川さんからは更生保護の仕組みや現状を、わかりやすくお話しして頂きました。
お二人の話を聞き、私自身の日頃の生活に引きつけて今回のテーマを考えることができました。
「誰もが安心して暮らせるまちづくり」の「誰もが」の中に刑余者やホームレスの方、相談しにくく見えにくいDVや虐待などの問題を抱えておられる方々などが含まれているのか、私自身がきちんと見ようとしているのか、考えているのかを問いかけながら、日々の活動につなげていきたいと思います。
「HKT47~社協のセンターは君だ!~」
第1分科会では、まず初めにアイスブレイクとしてグループ決めを兼ねたゲームと、自己紹介を行いました。
次にグループワークを行い、ポストイットに自分が目指す社協職員像を書き、模造紙に貼り付けていきました。そのあと、それぞれ書いたものをカテゴリ分けし、グループ毎に発表をしました。
2日目では、目指す社協職員像に対して、今の自分ができていないことや足りないことをグループごとに話し合いました。
次に、筑後市社会福祉協議会の宮原喜美恵さんに、若手の時代に何に悩み、悩みとどう向き合っていったか、地域課題へ向かう力を高めていくために地域の人との出会いを大切にし、地域の中で”熱”をもらってモチベーションを高めていったこと、ぶれてもいいので自分なりの「福祉観」を持っておくこと、ぶれない理想を持って地域や人に向かっていくことが重要であるというお話をいただきました。
また、新発田市社会福祉協議会の川瀬聖志さんからは、新潟県内若手社協職員の集い(通称 ジャスティス)を始めとした「つながり」についての話がありました。新潟県内社協職員のつながりの現状について、若い社協職員の出会いの場が不足しているなら、必要なことやものを当事者で考えて創ろうと考えたことがジャスティスの設立のきっかけであったこと、つながりを作ることによって一人ひとりの強みを集め、仲間と共に学び高めあうことが重要であること、今後は中堅職員の集いを創っていきたいと考えていること、固定概念にとらわれずに多様性を活かして創造性を高めていくことが重要なことであることなどについてお話をいただきました。
その後は、宮原さんと川瀬さんからの話を踏まえ、理想に近づいていくためにどのようなことに気を付けるべきか、どうしていくべきかについて話し合いました。
最後に、グループ毎にスローガンを書き、これからどこを目指していくのか、どうありたいのかを発表しました。
様々な社協の若手の方々と意見を出し合い、刺激をもらえたことで、自分にとって目指す場所が少し見えてきたように思えます。これから理想のワーカーを目指して努力を重ねていきたいと感じました。
分科会3に参加して②
[社協活動の再検証]「『私』の立ち位置を問う ~いま、社協の求められていること」というテーマの分科会3ですが、28日(日)、2日目は、1日目に引き続き講師の髙石伸人さんを交えて、日常業務を見つめ直す討論会を行いました。3名の話題提供者から、実践を通じて感じる疑問の提起があり、「私は」の一人称で意見を交換しました。
①担当者会議や専門職ネットワーク会議が、地域で暮らせないことの合意形成の場になっていないか②未だ出会えていない本当に支援を必要としている人とつながり、取り組んでいることについて③本人のニーズが社会のルールに反するとき、自己決定をどう尊重するか、支援者の価値観のおしつけについて この3つの話題について、参加者のみなさん日頃の業務で感じておられることを含め話いろんな意見を交わしました。
最後に、「社協活動の現在を問う視点」というテーマで、髙石さんが総括をされ、専門家ゆえのパターナリズムがあることを常に意識すること、支援という言葉が流行っているが、される側は切ないのではなかろうかという想いは留保しておいた方が良いこと。リスク社会と言われるように犯罪のリスクや貧困のリスクなど様々なリスクは避けられない現実だが、そのリスクは自分が負わないとは決して言いきれず、そのリスクをみんなで分け合うことを考えなければならないこと。エンパワメントとよく言われているがそれは自分のことは自分でしなきゃという強迫観念になっていないか、「弱くっていいんだよ」と私たちは言わなければならないのではないか。という問いかけをいただきました。個別事例のうしろには状況があり、近代化により何を失ってきたのかということは歴史からしっかりと学んでいかなければならないと話されました。そして、憲法改正がこのまま通れば、基本的人権はなくなるという社協で活動する私たちにとって、とても危機的な状況の中で、今、踏ん張らないといけない時であるということを言われました。
限られた時間であったため、全国のみなさんと十分な討論をすることができませんでしたが、私の立ち位置を問う中で、基本であり常に心において考え続けていかなければならないことをみなさんと共有することができ、有意義な分科会でした。
分科会3に参加して★①
私が参加した分科会3は、[社協活動の再検証] 「『私』の立ち位置を問う ~いま、社協に求められていること」というテーマでした。
27日(土)の1日目は、「筑豊から水俣・ハンセン病療養所へ」という演題で、NPO法人ちくほう共学舎「虫の家」事務局長の髙石伸人さんからお話を伺いました。
まず、筑豊というかつて炭鉱で栄えた地域について、高度経済成長で日本が右肩上がりになっていった時に切り捨てられた地域であること、そこから、炭鉱労働や被差別部落、海外移民など、今も筑豊には様々な傷口が残っていることの話がありました。改めて地域を見つめなおすことで、自分がどんな地域で社協活動をするのか、生活を送るのか、生きていくのかということを考えさせられ、まず歴史をきちんと学び、差別の構造、排除の仕組みについて意識をしなければならないと感じました。
そして、筑豊と水俣について、それぞれ、石炭、化学肥料という国の発展のために作り出される一方で、炭鉱労働者と漁民といわれた方たちに向けられた差別のまなざしがあったこと、プラスチック製品に囲まれて便利な生活を送っている私たちは水俣の人の犠牲の上に生活していること、そこに悪気があるわけではないが、そういう構造であることを話されました。そして、飯塚も水俣も企業城下町であり、強い力をもつ存在に病気の認定申請で立ち向かわれた患者さんのことについても触れられました。また、水俣病とハンセン病について、どちらも近代化が進められたために犠牲になった方たちであること、「最大多数の最大幸福」という、たくさんの人の幸せに少数の犠牲は仕方がないという考えがここに見えることを学び、自由や豊かさを手に入れた近代化によって奪われたものは何なのかという問いを投げかけられました。ハンセン病については、よかれと思ってまわりの人が「療養所に入ったら治るよ」と言葉をかけ、それによって地域で生活できなくなった方がいたことにも触れられ、自分の仕事を振り返りながら聴きました。また、沖縄の基地、福島の原発というように、辺境と呼ばれるようなところに危険なものを置くこの社会の構造についても指摘をされました。
最後に、髙石さんが出会われた、水俣病、ハンセン病の方たちの言葉から、地獄の中で人間として生きることを求め続けた方のことを話され、過酷であった事実を知るだけじゃやなく、そこにあった希望を知らなければならないと感じました。
社会のノイズとされる人がいるのは事実で、私たちはそこにどう橋をかけれるのか、壁の向こうに行かなければならない、『共に』、『誰もが』と言う社協職員の私は橋をかけるためにどこまで踏ん張れるかが問われていると思いました。
住民主体を考える上ではずせないたくさんの視点を学ぶとともに、自分はどこに立っているのか、立たないといけないのかと問い続けることが大切だと感じました。